- 2021.12.03
- プレスリリース
ナノスケールの熱膨張を直接計測~温度変化による電子部品の劣化や故障の原因究明が可能に~
東京大学 生産技術研究所の溝口 照康 教授、大学院工学系研究科 博士課程3年のLiao Kunyen 大学院生(研究当時)、生産技術研究所の柴田 基洋 助教の研究グループは、界面における局所的な熱膨張(注1)をナノメートルレベルの高い空間分解能で計測することに成功しました(図1)。
異なる結晶が接している界面では、結晶内部と異なる熱膨張が生じていると考えられてきました。熱膨張は、電子デバイスの故障やインフラ設備の劣化にもつながります。しかしこれまで、界面などの局所的な熱膨張を直接測定する手法はありませんでした。
そこで、本研究グループでは走査透過型電子顕微鏡(STEM:注2)で測定される電子エネルギー損失分光法(EELS:注3および図2)に注目しました。EELSは電子構造や原子構造に関する情報を与えてくれる分光法です。特に、EELSの低エネルギー領域に現れるプラズモン(注4)と呼ばれるスペクトルに注目しました。プラズモンのピーク位置は電荷密度と関係することが知られています。熱によって物質の体積が膨張すると電荷密度も変化することを利用し、プラズモンピーク位置の変化から体積の膨張を検出できるはずであると考えました。また、EELSはSTEMを用いて測定されるため、ナノメートルレベルの微小な領域から選択的にスペクトルを得ることができます。さらに本研究グループでは、プラズモンピークの変化と熱膨張の相関を明らかにするためのシミュレーションも実施しました。
今回の研究では、チタン酸ストロンチウムと呼ばれるセラミックスの2種類の結晶が接する界面の熱膨張の挙動を、STEM-EELSにより調べました。界面の構造を図3に示します。2種類の界面は後述のように大きく異なった構造をとっていることが分かります。STEM内で700℃まで昇温して、各界面の局所的な熱膨張を計測しました。その結果、一方の界面は結晶内部の約3倍の熱膨張を示し、以前から予想されていた界面における熱膨張におおよそ一致しましたが、もう一方の界面の熱膨張は、結晶内部のわずか1.4倍程度に抑えられていることが明らかになりました。このような結果は、本実験手法により個々の界面の局所的な熱膨張を測定できて初めて分かりました。また、界面の構造を、STEM観察とシミュレーションにより調べた結果、界面と結晶内部では原子の存在する密度が異なっており、界面のほうが少し疎に原子が存在していることが明らかになりました。つまり、界面には結晶内部と比較すると余剰の空間(フリースペース)が存在しているということになります。今回の研究の結果、界面における熱膨張とフリースペースの大きさが相関していることが明らかになりました。
以上の結果から、すべての界面が結晶内部に比べて同じように大きな熱膨張を示すわけではなく、界面構造に依存した熱膨張を示しており、界面の原子配列を意図どおりに作製することができれば、熱膨張も制御できることが明らかとなりました。
近年では電子デバイスの微細化が進み、これまで以上に、界面の熱膨張がデバイスの寿命に与える影響が大きくなってきています。本研究では、界面における局所的な熱膨張を理解し、制御する指針を得ることができました。
本研究成果は2021年12月2日(米国東部時間)に米国化学会発行の「Nano Letters」オンライン版に掲載されました。
〇発表のポイント:
◆電子顕微鏡を用いた実験とシミュレーションを組み合わせ、界面の局所的な熱膨張をナノメートルレベルで直接計測することに成功した。
◆すべての界面が同様な熱膨張を示すわけではなく、界面に形成される余剰の空間の大きさに依存しており、界面の原子配列を意図どおりに作製することができれば、熱膨張を制御できることが示唆された。
◆本手法を利用して電子部品の温度変化による劣化や故障に関する原因を理解することができれば、耐久性の優れた電子材料の開発につながると期待される。
詳しくは下記URLをご覧ください。
http://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3704/